【大相撲春巡業】救命女性が降りた土俵に大量の塩まく、複数の観客が目撃https://t.co/W9Tdbj47hw
女性が土俵から降りた直後に、相撲協会関係者が大量に塩をまいていたという。倒れた舞鶴市長はくも膜下出血と診断され、1カ月ほど入院するとのこと。 pic.twitter.com/6KNOabN1hV
— ライブドアニュース (@livedoornews) 2018年4月5日
女性が上がった土俵に大量の塩が撒かれたそうですね。許せません。相撲協会は女性が上がった土俵に味付けをしてどうするつもりなのでしょうか。食べるつもりでしょうか。食べるつもりなのでしょうね。そのような変態行為を思いつく相撲協会はやはりまともではありません。断じて許すわけにはいきません
— 昆布山葵 (@43ismamorigami) 2018年4月5日
相撲の在り方についてこんな投稿も
相撲の女人禁制は神道とか関係無く、明治時代後半に始まった相撲の歴史から見たら新しい伝統。
そもそも文献に初めて相撲が登場するのが「日本書紀」の雄略天皇期で、その相撲は女相撲。室町時代は比丘尼による女相撲が行われている。
国技館が出来る前の本土俵・回向院でも女相撲が行われている(続)— 杉村喜光(知泉)三省堂辞典・発売中! (@tisen_sugi) 2018年4月4日
それどこか男女関係無く相撲が行われていて(上半身裸でね)明治5年に風俗取り締まりで「男女相撲は禁止」となっている。
明治42年に国技館が出来た時に、裸の女性が格闘するのは外国に知られたくない野蛮な行為として女相撲を闇に葬り、女人禁制となった。(続)— 杉村喜光(知泉)三省堂辞典・発売中! (@tisen_sugi) 2018年4月4日
やたらと「相撲は神事なので」と言われているけど、江戸時代の相撲は単純に娯楽で、男相撲・女相撲ともうひとつ「盲人相撲」という物もあって、土俵上で相手を探しておたおたする姿にみんなでゲラゲラ笑っていたという、封印されたような過去もある。
— 杉村喜光(知泉)三省堂辞典・発売中! (@tisen_sugi) 2018年4月4日
明治時代、海外興行を企画したプロモーターに対して国会で「裸で行う格闘技など野蛮なものを海外に持ち出すとは国辱物である」と意見がでて、許可されなかったなんて話もある。
— 杉村喜光(知泉)三省堂辞典・発売中! (@tisen_sugi) 2018年4月4日
女人禁制が大問題になった古い事件では
1978年に「ちびっこ相撲」で勝ち抜いてきた中に女子がいて、ついに蔵前の国技館の決勝大会だ!という所で、蔵前の土俵には女性は上がれないということで出場出来なかった。
ということで騒がれている。— 杉村喜光(知泉)三省堂辞典・発売中! (@tisen_sugi) 2018年4月4日
ちなみに女性大臣や女性知事が表彰のために土俵に上がる上がらせないで問題になった事があるが、その際、永六輔は『屋根みたいにクレーンでつり上げて、土俵を踏ませない形で表彰式を行ったらどうか?』と提案している。
— 杉村喜光(知泉)三省堂辞典・発売中! (@tisen_sugi) 2018年4月4日
塩撒くって・・・ 人命救助で土俵にあがった女性は土俵を汚したという認識なの?
神事? それ「人」事でしょ!? 神様はそんなことで汚されたりしないでしょ。 やっぱ相撲協会どうにかしたほうがいいんじゃない?