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徒然草の現代語訳が時代を越えても刺さると話題に

徒然草

『徒然草』(つれづれぐさ)は、卜部兼好(兼好法師、兼好。吉田兼好は江戸期の俗称)が書いたとされる随筆。清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』と合わせて日本三大随筆の一つと評価されている。

鎌倉時代末期、1330年8月から1331年9月頃にまとめられたとする説が主流であるが、数多くの説があり定説はない。中年期の兼好が著したことになるが、若い時代に書いた文章も含まれているという説もある。 兼好が書いたとする明確な証拠は何一つない。
序段を含めて244段から成る。文体は和漢混淆文と、仮名文字が中心の和文が混在している。序段には「つれづれなるままに」書いたと述べ、その後の各段では、兼好の思索や雑感、逸話を長短様々、順不同に語り、隠者文学の一に位置づけられる。兼好が歌人、古典学者、能書家などであったことを反映し、内容は多岐にわたり、また、兼好が仁和寺がある双が丘(ならびがおか)に居を構えたためか、仁和寺に関する説話が多い。

【現代語訳】

 
これから芸事を身につけようとする人は、とかく「ヘタクソなうちは誰にも見せたくない。
こっそり練習して、ある程度見られるようになってから披露するのがカッコいい」と言うものだけど、そういうことを言っている人が最終的にモノになった例はひとつもない。

まだ未熟でヘタクソな頃から、上手くてベテランな人たちに混ざって、バカにされて笑われて、それでも恥ずかしがらずに頑張っていれば、特別な才能がなくても上達できる。
道を踏み外したり、我流に固執することもないだろう。そのまま練習し続けていれば、そういう態度をバカにしていた人たちを遙かに超えて、達人になっていく。人間的にも成長するし、周囲からの尊敬も得られる。

いまは「天下に並ぶ者なし」と言われている人でも、最初は笑われ、けなされ、屈辱を味わった。
それでもその人が正しく学び、その道を一歩一歩進み続けてきたおかげで、多くの人がその教えを授かることが出来るようになった。どんな世界でも、同じである。

 

700年の時を越えて

 

700年という長い年月を越えても、何かを成し遂げることの真髄は変わりないのかもしれませんね。 下手で恥をかいても、笑われても表現しつづけることで成長していく。アウトプットこそが最大のインプットということなんでしょうね!

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